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『大商蛭子島』

もう終わってしまいましたが、二月の歌舞伎座昼の部の『大商蛭子島』、

昭和44年以来の上演だったようです。

その前が昭和37年に天明4年(1784)以来の復活上演だったそうですから、

この230年間でまだ4度めの上演。。。

それってあんまり受けない芝居だってことなんじゃないか?

あやぶみつつ、観たら、辰姫(時蔵)は可哀想なのですが、

誰も死なないし、主要人物が全員「実は私はね」で、けっこうおもしろかったです。

そもそも世話物かと思ったら実は時代物だよ、みたいな話でした。

歴史上の人物を市井のご近所の人に見立てて話作ってみました、みたいな感じです。

伊豆で流人生活を送る頼朝は伊藤祐親の娘と寺子屋の先生をして暮らしていて、

そこへ寺入りしたいと町娘風の北条政子がやってくるは、

頼朝の父・義朝の髑髏と後白河法皇院宣を持った坊主がやってくるは。

頼朝は平治の乱のあと、伊豆に流され、ここに反平家の人々が集まって決起して源平合戦の世の中になっていく。

このあたり大河ドラマでも何回もやっているので、ああ、あの話ねと思うわけです。

最近だと松山ケンイチ平清盛のときの岡田将生が頼朝でしたっけ。

あの大河でも伊藤の娘と頼朝は子どもまでできる仲だったけど、

伊藤が頼朝の子なんてとんでもない!とその子を殺してしまったっけなあ。。。

この『大商蛭子島』では、頼朝の幸左衛門(松緑)と辰姫のおふじ(時蔵)には子どもはない。

夫が女弟子ばっかりの寺子屋の師匠なので妻はやきもきしつつも仲良しな夫婦の様子です。

幸右衛門は寺子たちにすりよるようにして指南をするスケベそうな男なのですが、

どこか憎めない、調子のよい師匠です。

衣装もおしゃれで軟弱そうで、こいつに源氏再興する気があるのかなあ?

清左衛門坊主実は文覚(勘九郎)も様子をみなきゃと思うでしょう。

しかしまあ、結局は実家から助力のしるしを持ってきたおます実は政子(七之助)の存在に、

自分が身を引いて政子と一緒になるのが頼朝のため、と辰姫が決心。

辰姫の決心を受けて頼朝と政子は即祝言

いくらなんでも同じ屋根の下でねえ。。。辰姫もやはり心が揺れて、その嫉妬で怪異が起きたりする。

その妄執を文覚上人が鎮めて、辰姫は去っていく。

頼朝は自分を突け狙っていた父の仇・長田の息子を返り討ちにして、

衣装もしっかり取り替えて、東国武者たちと旗揚げをするのでしたとさ。

寺子屋といえば『菅原伝授手習鑑』の源蔵師匠の寺子屋を思い出しますが、

お師匠さんが留守だからと言っても、ちょっとお喋りしちゃわない?くらいの、

どの子も可愛い六人の娘たち。

小糸・おはん・お染と芝居でお馴染みの名前が並びます。

そして寺入りしたいとやってくるおますと姉(児太郎)は、まるで『野崎村』のお染みたいです。

それに対して「なにこの綺麗な子!?」と追い返すおふじはお光みたい。

ようするに頼朝が伊豆で決起したという史実を、

みんなが知ってるお話に絡めて見せちゃうよ〜って感じのお芝居だなと思います。

こういうアレンジもありか〜っておもしろさ。

女の子がいっぱい出てくるので衣装も可愛くて綺麗だし、

義朝の髑髏は清左衛門にいいように使われますが『義堅最期』みたいな悲壮な感じはしない。

おふじが嫉妬に悶える場面はちょっと気の毒なのですが、

嫉妬のすごさで手水鉢の水が湧き出すところまでくると、

「伊豆は湯が噴き出すからなあ」と変な納得をしてしまう。

頼朝といえば最初の武家政権を作った人だから江戸時代でも偉い人だったんだろうと思うのですが、

それをおおらかに茶化しているところが楽しいです。

そして気になったまま終わってしまったのですがフグ。

実は長田のスパイの下男・六助(亀寿)がフグを調理して清左衛門と幸左衛門に出すのです。

このフグ汁を食べながら「フグは当たったら死ぬよね」「死ぬと言えば風呂でも死ぬよね」と冬にありがちな話のようで、

そこから一気に風呂で殺された義朝の話になるのです。

なので、私はこのフグの毒がどこかで使われるのかなー?と待ってたのですが(こら)、

フグの出番はここだけでした。

「フグは南海の珍味ゆえ、冬はフグを食べると温まる」んだって。

私は食道楽の寺子屋の師匠ですって顔してニコニコ話す幸左衛門実は頼朝。

義経は壇ノ浦からフグを送れば、兄さんの気持ちももう少し違うものになったのかもね(違)