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「本待つ店頭」〜 陸王 〜

「陸王」

                                    池井戸潤

                                    集英社

埼玉県行田市、従業員30名の足袋製造業者「こはぜ屋」

非祖父の代からつづく暖簾は創業百年になる。

だが、和装から洋装へと様変わりした現代、日本足袋の需要はジリ貧だった。

古い付き合いのデパートなども、売場改変するたびに仕入れが減らされて行く。

「こはぜ屋」の社長宮沢(役所広司)は、この伝統の暖簾に限りない愛着をもっていたが、このまま右肩下がりの営業をつづけていれば、自分の代で「こはぜ屋」は暖簾を降ろすことになるだろうという不安を現実視していた。

伝統の足袋製造技術を応用した、何か新規事業がないものか。

息子の大地(工藤阿須加)を連れて観戦に出かけた京浜国際マラソン。

そうだ、マラソンランナーの履くランニングシューズに足袋の技術が応用出来ないか!?

小さな工場で試行錯誤が始まった。

宮沢は係長安田(濱田岳)、息子の大地、縫製課のあけみさん(深田恭子)でプロジェクトチームを立ち上げた。

問題はランニングシューズの底、ソールだ。

まったくソールに関しては知識もない。

そんな時、宮沢の前に現れたのが埼玉中央銀行行田支店に勤めていた前任担当者、坂本(風間俊介)だった。

「社長、これソールの素材にならないでしょうか」

坂本が持込んだ一辺8センチほどのキューブ状の樹脂。

それがまったくの新素材シルクレイとの出会いだった。

しかし、この新素材は飯山晴之(泉谷しげる)という男の死蔵特許。

シルクレイの素材は、廃棄繭。

ひとくせありそうな飯山と宮沢の交渉が開始される。

さらに、「こはぜ屋」のライバルには、世界的スポーツブランドメーカーアトランティスが立ちふさがる。

アトランティスはあらゆる手段で「こはぜ屋」つぶしにかかった。

「なんとしても、このランニングシューズに賭けるぞ!名前は陸王!」

この秋10月からTBS日曜劇場でドラマ化が決定している「陸王」。

主演「こはぜ屋」の社長宮沢を役所広司が演ずることになっています。

日記中に出てくる配役は、私のキャスティングなので役所広司の他は不確かなんですよ。

でも、飯山は是非泉谷しげるに演じてもらいたいもんです。

一度経営に失敗して、闇金にも手を出し隠れ潜むような暮らしをしている飯山。

宮沢の特許買取交渉にも法外な金額をふっかけ応じずにいる。

でも、飯山には技術者としての情熱と、受けた恩は絶対に裏切らないという信念があった。

泉谷しげるが演じてくれれば、ピッタリなんだけどな。

ストーリーの根幹は、直木賞受賞作「下町ロケット」と変わらないような気もしましたが、池井戸潤の企業戦士ドラマは、癪だけどつい夢中になって読んでしまう。

「陸王」も「下町ロケット」同様、小が大に挑むという一番受けが期待出来るストーリーなんだけど、判官びいきにはその期待にまんまとのっちゃった。

ものを売るというのは、実に大変なことです。

自分が勤めていたのは代理店だったので、売れる商品を探す力が重要になってくるんですが、製造メーカーというのはそうはいきません。

一部上場の大メーカーならヒット商品も次々に産まれてくるけど、零細なメーカーでは新商品に社運を賭けていることもあるんです。

こんなもの売れないだろうと思うような商品でも、営業担当者は必死。

その熱意に少量仕入れても、結局その商品が市場で受け容れられることはマレです。

サラリーマンになって、毎月営業会議が25日に行われていました。

入社当初、内勤だったので営業会議には出席しなくてよかったんだけど、自分より後輩が営業に出て会議に出席をするのをみて焦りもあったな。

オレは遅れてるんじゃないか!?

別に出世レースにってことじゃなくって、代理店に勤めていたら、やっぱり営業に出たいという気持ちは大きかった。

それが出られなくってねぇ〜。

やっと営業に出たのは入社3年目。

だけど、2年間業務をやらせてもらえたので、お客様ともスムースにコミニュケーションがとれたから、入社早々営業に出される社員より恵まれていたと思う。

「陸王」に登場する足袋の製造業者「こはぜ屋」は創業百年という社歴をもっていますが、私が勤めていた会社も創業が1910年(明治43年)だから、すでに社歴は百年を超えています。

「こはぜ屋」の商いである足袋が、時代とともに失われていくのもわかりますが、時代というのは伝統も暖簾もいっさい容赦なく斜陽化させていくものですね。

サラリーマン時代、我社は代理店だから、そう簡単に時代に取りのこされることはないだろうと思っていたけど、今は物流自体がIT化され、商売の方法論が大きく変化してしまいました。

思い出の詰まった横浜支店も転居してしまって、跡地はマンションになっちゃったし、支店の得意先だった代理店さんはうまく商いが出来てるんだろうか、なんて考えることもあるんですよ。

こんど訪ねてみようかな…